豊前漫遊記 ep.1 岩洞窟
地を離れて人なく、人を離れて事なし、故(ゆえ)に人事を論ぜんと欲せば、先(ま)ず地理を観よ。
吉田松陰が25歳の時、伊豆下田で共にペリーの黒船に乗り込んだ金子重輔に対して仰った言葉。
何をするにもまずその地域のことを念入りに見きわめなければいけない。
なるほど…豊前から名を馳せようとするなら、まずは豊前を知れということですね!!
ということで豊前漫遊記を始めます!
岩洞窟へのアクセス
自分の故郷といえど、意外と行ったことのなかった岩洞窟。
どんな場所か気になります。
調べてみると旧実家の近くでした。手始めはこちらから行ってみましょう!
場所はこんな感じ。
ご安心ください。ちゃんとふもとに駐車場もありましたよ!4台くらいは停められそうです。
中の様子
休日でしたが他のお客さんはおらず、経路はまあまあ草木が茂ってました…!

この中央上ら辺に見える空洞の部分がそれぽいですね…!
結構登るのかな…

ふう到着…体感移動にかかった時間は5分くらいでした!
このように不動明王?など仏像がずらり。(読み取れたものでは明治時代などに置かれたものが多かった?です。)
そして見上げると衝撃でした。

洞窟の天面には天井壁画が…!
アルタミラとかラスコーの壁画はなんとなく社会科で聞いた覚えがありますが、日本で洞窟の天井に壁画って珍しいのでは…
豊前市観光協会HPによれば
”求菩提山の修験者は、窟のん中に篭り自らの肉体を極限にさらすことで法力を得、加持祈祷を行うことによって人々を救おうと考えました。厳しい修行場の窟の天井に描かれる飛天は、修験者たちの極楽浄土を表現し、如来の教えをたたえることを意図するのかもしれません。”
かもしれないですねー…中々意図を慮るのは難しいですが、日本古来の山岳信仰の中に仏教や密教が習合された修験道。仏教で本尊の周りを飛びまわる天人「飛天」や修験者(山伏)が自分を重ねた「不動明王」。
修験道味が体現された場所でした。
まわりは完全に自然が囲んでおりこの場所にいるのは自分だけ。
こんな異様な空間の中で先人たちが何を思いこの洞窟を神聖な場所とし、この飛天を描いたのか。
なんとなく想像しながら帰路につきました。
果たしてこんな感じで人事を論ずることはできるのでしょうか…!
とりあえず前進あるのみですね!!
次回に続く。


